2009年5月21日(木)〜6月4日(木)、初のウォーキング&ジョギング旅行
(2009/6/9、6/11、6/13〜6/23作成。 6/23、アップロード。 7/9、リンクを追加)



●丸一年間に渡ったダイエットの集大成

この旅行の位置づけは、去年の6月から続けた、(食事制限ではなく)主に運動によるダイエットの集大成とも言えるものであった。
元々この旅行を始めた発端は、5月24日(日)の「洞爺湖マラソン2009」をフルマラソンデビューと決めたことにある。
洞爺湖は小学生の時から何度も旅行し、自分にとって最もなじみ深い観光地だが、普免取得後マイカーで洞爺湖まで旅行した時、
「いつかこの道を全部、車ではなく自分の足で進みたい」と何となく思い、その気持ちがずっと頭の片隅に残っていたものだから、
ジョギングの継続で一度に最長70km余走れる脚力や持久力が身に付いたこともあり、「どうせ洞爺湖マラソンに出るのなら、
車や公共機関を一切使わない旅行をしよう」と、自然に思い至ったのであった。
進行ルートは旅行前から大体下図の通り決まっていたが、旅行日数は10日ぐらいの予定が、丸二週間に伸びた(当初は
5月31日に帰宅予定だった)。


丸二週間に及んだ初のウォーキング&ジョギング旅行での主な進行ルート


ヒグマの生息区域にある国道を夜中、不眠覚悟で熊よけ鈴を鳴らしながらライト片手に進んだのも
一回や二回ではなく、精神力が鍛えられた点で、今となってはいい思い出である

 

この丸二週間の間、自分は120Lのパックパック(重量は最低でも9.5kg以上。2リットルの飲料水等、食糧の多い時は15kgぐらいは
あった)を背負いつつ、毎日何十kmを歩いたり走ったりしつつ、いろいろな場所を観光した。
撮影した写真枚数は8000を軽く超えた。
所持金が5万円に満たない貧乏旅行なので、宿泊施設に泊まったのは二回だけで、後は全て寝袋にくるみながらの野宿である。
この旅行の数字上の記録は、ForeAthlete405にほぼ網羅されているが、この機器のバッテリーは6〜7時間しかもたないため、
バッテリー残量が少なくなると、その度に自分は駅や公衆トイレ、観光施設等のコンセントを拝借しつつ、ついでに菓子パンや
和菓子等を食べつつ、一〜二時間の休憩を余儀なくされた。
だからこの二週間は、ForeAthlete405のバッテリー残量を意識しながら行動していたことになる。
これがなければ一日の走行距離は更に伸びていただろう(ただし連日睡眠不足の中、何時間も重いバックパックを
背負ってるので、膝や足そのものを故障するリスクは高まったと思う)。


ForeAthlete405に記録された丸二週間に及んだ旅行中の運動データ

気にいった風景を撮影する利便性と連日数十kmの移動による膝・足への負荷軽減から、
必然的にウォーキング比率が高い。
実際、10数kgの荷物を背負ってのジョギングはキツく、暑い時や上り坂ではほぼウォーキングだった


特筆すべきは所持金42000円(当初は6万以上は確保するつもりだったが、デジカメ等、旅行直前になって想定外の
出費があったため)でスタートした「野宿当たり前」の超貧乏旅行であり、この低予算でどこまで
続くかといったサバイバル的な、精神的な自己鍛錬の意味合いも強い、それでいて自由な気ままな旅行でもあった。

まあ、全て記したら数百ページの本にはなりそうなので、時間の都合上、いちいち書くわけにはいかないが、
以下、時間の許す限り、丸二週間に渡った旅行の詳細を記述した。




-旅行行程-

1日目(5/21)  2日目(5/22)  3日目(5/23)  4日目(5/24)  5日目(5/25)  6日目(5/26)  7日目(5/27)
8日目(5/28)  9日目(5/29)   10日目(5/30)  11日目(5/31)  12日目(6/1)  13日目(6/2)  14日目(6/3)
15日目(6/4)

-装備品と所持金-

-旅行の後遺症と復調までの過程(第29回千歳JAL国際マラソンと第21回おたる運河ロードレース大会)-

-今後のウォーキング&ジョギング旅行の予定-

-後日談 「貧乏旅行と贅沢(?)旅行-贅沢(?)旅行で貧乏旅行を振り返る-」 -(2009/7/9アップロード)

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