2009年8月30日(日)、「2009北海道マラソン」とその前後
(2009/9/1〜9/2作成。 9/2、アップロード)



●憧れの「北海道マラソン」に初めて出場

「北海道マラソン」(道マラ)は市民ランナー歴の浅い私にとっては憧れであり、去年六月から始めたダイエットの
集大成と言っていい。
初めは憧れそのものだった。
去年の「2008北海道マラソン」の女子の方だが、当時まだ無名であり、身長も低い佐伯由香里選手(142cm)が、実績も多く
優勝候補である新谷仁美選手(164cm)の終盤の追い上げで差が縮みながらも、見事初優勝を決めた姿には
大いに感動したものだ(それだけに「2009北海道マラソン」での途中棄権がとても残念だった)。
その去年の道マラの生放送を、愛用のノートパソコンの地デジで観ながら、「来年の道マラには自分も出てみたい」、
「是非出よう」と、段々道マラに出たい気持ちが強くなり、そのまま道マラ出場が目標の一つとなり、日々のランニングの
モチベーションとなり、走力が上がるに応じて、目標は道マラ出場から完走、フルマラソンのベストタイム更新へと変わり、
最近は仕事だの同人だのゲーム(「ドラゴンクエスト9」)のプレイだので、25km以上のロング走の練習は殆どしない中、
市民ランナーデビュー年の今年のマラソン大会で、最も楽しみにしていた「2009北海道マラソン」で走る時が来た
 (ただし最も練習不足を痛感し、練習として42km走にチャレンジして体調と足の痛みから二度も途中で断念し、三度目に
  ようやく完走するまでの8月中旬〜下旬は、道マラで走る事に憂鬱さもあった。
  「このまま道マラに出るのは死亡フラグじゃないか?」とまで洒落っぽく思った。
  死亡はともかく、過去の大会によくあるように、30度またはそれに近い夏日だったら途中棄権は十分ありえると、
  ネガティブになった)。

8月29日、午後16時37分に札幌パークホテルに到着。
競技者受付とナンバーカード交付を済ませるためだが、それは翌日(大会当日)でも出来るので、地元民の私が前日に
わざわざここまで来たのは、一番には、同日ここで行われる開会式を観るためだ。
今活躍しているエリートランナー達を間近で見れる機会はそうそうないので。
競技者受付とナンバーカード交付を受け付けている札幌パークホテルのB2Fのパークプラザは、翌日の道マラに出る
人達で賑わっていた。
ここには北海道マラソン協力企業のアシックスのブースもあり、2009北海道マラソン記念Tシャツ等も含むランニンググッズが
売られていたが(毎月買物をする札幌スポーツ館のスタッフが店員をしていた)、開会式の時間も近かったので、品物を
見るのは後回しにして、競技者受付とナンバーカード交付を済ませ、そして9/1付の北海道新聞(2009北海道マラソン完走者
全員の氏名・順位・タイムが掲載される)を申込み(前金で支払い)、「2009北海道マラソン記念DVD」(自分のゴールの瞬間が
映像で見れる。一枚2500円)も申込み(前金で支払い)、さっさと開会式会場である3Fのパークホールに移動した。


私は午後17時ちょうどに会場に入り、3〜4分程経ってから開会式は始ったが、満席ではなかった。
競技者受付とナンバーカード交付を済ませた人が全員開会式を見に来ている訳ではないが、8000人以上が
参加のマラソン大会の開会式にしては、案外、見に来ている一般選手は少ないという印象だった。
会場には檀上の大会主催者らの席、その前に記者席や招待競技者らとその関係者の席、その横に一般競技者の席が
ブロック分けされている(更に一般競技者の席は陸連登録者と非登録者に分けられていた気がするが、そこら辺の
細かいところまではよく覚えていない。会場に入った時にスタッフに座る席を誘導された訳ではないので)。
開会式が始まる少し前、一般競技者の席は最前列も空席が目立っていたので、私はそこに座った。
開会式ではまず、生の高橋はるみ知事を見れるのを楽しみにしていたのだが、知事は公務で海外出張中とのことで
残念だった。
代わりに副知事が出席していたが、副知事自身が翌日の道マラに選手として出場すると明かし、場を笑いで和ませた。
開会式の司会はUHB(北海道文化放送)の宇野章午アナウンサーと水野悠希アナウンサーが務めていた。
この人達も生で見るのは初めてだが、いつもテレビで見ている人を生で間近で見ると、感慨深いと言うか、
「へぇ〜」、「生で見るとこんな感じなのか〜」と素朴に思った。
特に宇野さんについてはアナウンサーにしては「目つきが悪い」印象があったので(あくまで私個人の印象としては)、
生で見ても同じ印象だったので内心、「テレビと生でも印象が同じ人はいるんだな」と苦笑してしまった。



開会式はお偉方のご挨拶、お話で進行し、それから招待選手達が一人ずつ立ち上がり、周りに一礼した。
「あれが○○選手か〜」と遠目だが生で見れて感動した。
特に前年の北海道マラソン女子優勝の佐伯選手を見た時は最も感動した。
彼等全員を見て思ったが、エリートランナーの雰囲気と言うか、彼等が座っている席と自分の座る席までの
距離にそのまま、天地程のレベルの差を実感するのだった(フル3時間20〜30分程度の単なる市民ランナーと、
それより軽く一時間以上速い「レーサー」の違いを)。


国外招待競技者であるユーリー・ヒュチュン選手(ウクライナ)への記念品贈与、諏訪利成選手らによる選手宣誓の後、
午後17時37〜38分には国内外の招待選手達は会場を後にしたが、その後も一般競技者向けに大会の注意事項等の
話が続き、午後17時48分に開会式は終了した。

会場を出る際、他の一般競技者がホテルの女性従業員に頼んで檀上をバックに記念写真を撮ってもらっているのを見て、
せっかくなので、私も会場を出る前にホテルの女性従業員に頼んで、檀上をバックに一枚撮ってもらった。
会場を出た後はB2Fに戻り、張り紙の2009北海道マラソンの出場者の「男子登録競技者(日本陸連登録競技者/男子)」と
「女子登録競技者(日本陸連登録競技者/女子)」の一覧をチェック。
私は登録競技者としてはかなり後の方に氏名が載っていた(2009北海道マラソンに申し込んだ時点ではまだ、
フルマラソン大会の経験はなく、ハーフマラソンの記録証しかなかったため)。
流石に招待競技者達はゼッケンナンバーも一ケタとか上位であるため、トップの方に氏名が載っているのを見て感嘆した。


その後、アシックスのブースに寄って商品を一通り見て、2009北海道マラソンのロゴ入りTシャツを一着購入し、
午後18時24分にホテルを出て帰宅した。


自宅に戻り、ゼッケンやRCチップ、プログラムや記念品等一通りチェック。
プログラムは流石に他のマラソン大会のより、中身があり、読み物として価値があると感じた。
記念品を含めいろいろ入っているため、参加料が8千円する大会だけあるなと感心した。
記念品はアシックス製の2009北海道マラソンのロゴ入りTシャツだったが、幸いにも私が買ったソレと違う
型番のでホっとした。
飲み物としては私の好きな「SUPER VAAM」があった。
「レース開始前に飲んでね」と言う大会運営側の好意なのか、単にVAAMの製造元で協力企業の明治乳業の
VAAM宣伝なのか?
 (ちなみに私は北海道マラソンのために、数日前にSUPER VAAMのパウダータイプを購入しており、当初は
  コレを水に溶かしてレース前に飲む予定だったが、代わりに道マラにはその貰いものの方を持って行った)
道内最大のマラソン大会だけに、袋に入っている物も私がこれまでエントリーしたマラソン大会の中では最も多く、
参加料が8千円もかかっているだけあると思った。





大会当日は午前5時に起床し(睡眠6時間近く)、ストレッチ、筋トレを行い、毎週欠かさず観ているアニメの
「フレッシュプリキュア!」を観ながら朝食(食パン3枚)を食べ終わり、午前9時半前に家を出、午前10時26分に
中島公園に到着 (この日は衆議院総選挙の投票日だったが、私は期日前投票を済ませていた)。
8千人以上のランナーが出る道内最大規模のマラソン大会(出場者数自体は8709人が走った6月の千歳JAL国際マラソンの
方が上だが、道都の大会だけに主催や協力企業、スタッフやボランティア、観衆等の動員数や経済効果が
千歳のより断然多い)だけに、スタート会場近辺から既に現地に到着したランナーの列が延々と続いているのを見て、
モチベーションが上がった。
手荷物預けエリアだけでも広く、トラック21台とか、大会の規模の大きさに改めて感じ入った。


午前11時20分過ぎには更衣室でレース用ウェア(ノースリーブのランニングシャツとランニングパンツ、キャップ並びに
5本指のソックス)に着替え終わり(その前に自宅から持って来たSUPER VAAMを飲んだ)、スタート整列エリア(私は
陸連登録競技者でBブロック)に行く前に仮設トイレで小便を済ませようと列に並んだが(その時に待ちながら
軽くストレッチを行った)、パっと見一列百数十人とか確認した時点で、
「11時50分までに間に合うだろうか?」と心配になった(11時50分までにスタート整列エリアに並べなかった場合、
陸連登録競技者・一般競技者の区別なく、最後尾、つまりHブロックの一番後ろからのスタートになるため)。
何とか11時40分過ぎには順番が回ってトイレを済ませることができ、ウォーミングアップを兼ねてゆっくりジョグで
スタート整列エリアに向かい、11時45分にはスタート整列エリアのBブロックに並ぶことが出来たが、時間的に、
私はBブロックでもかなり後の方に並んだため、後ろのCブロック(一般競技者)も近くに見えた。
勿論、私の位置からは、Aブロックの先頭にいる国内外の招待選手達は見えるはずもなかった(私の前には
既に千数百人の選手(陸連登録競技者)が並んでいるので)。
午後0時10分の号砲までは、心地良い緊張感と初めて北海道マラソンに出た高揚感を噛みしめつつ、ストレッチや
軽い足踏みをしたりしながら心拍数を徐々に上げた。
自宅のノートパソコンには、生放送されている2009北海道マラソンを予約録画しているため、「もしかしたらちらっと
私も映るかも?」と期待したり、「今日が暑くなくて良かった」とマラソンには打ってつけの天候に感謝したり、体調も悪くないため
ヤル気が漲った。
午後0時10分、号砲が鳴り2009北海道マラソンがスタートした。
国内外のマラソン大会で活躍する有名ランナー達と一緒に走れる、更には日本中から8千人以上のランナー達(仮装ランナーも
散見し、私の後ろにはヒーロー物と思しきマスクマンがいたし、レース開始後程なく、メイドのオバサンやバニーガールの
オバサンを抜いたが、これならはゼッケン番号からいずれも私同様、陸連登録競技者である)が参加する
国内でもかなり規模の大きい有名なマラソン大会で走れる喜びを噛みしめつつ、序盤は感動で一杯だった。
今年の北海道マラソンのコースは、日頃自分が走っているランニングコースと被る場所が大半なので(走ったことがないのは
せいぜい北大(北海道大学)の敷地内ぐらい)、その地元の見慣れたコースをマラソン大会で走れることはとても
嬉しかった。
しかも堂々と車道の真ん中で走れるため(札幌市内のマラソン大会でも、道マラでなければまず体験出来ない)、
普段のランニングと違う位置・視点から地元の街並みを見ながら走れる喜びは一入ではない。
 (日頃ランニングをしていて、「車道で思いきり走ってみたい」という願望もあるため、これを満たせるだけで
  参加料8千円も高くないと思えた)
また、今回の大会は気温も従来より低く、道路にしても凹凸のある歩道でなく、平坦で転倒の危険も少ない車道で走れるから
完走のベストタイムの更新も期待出来る。
そして一番嬉しいのは、昔住んでいた家のすぐ目の前の歩道や、今住んでいる家から1kmも離れていない、日頃走っている
歩道に面した車道も、今年の北海道マラソンのコースになっていることだ。
そのため、余りに身近な場所を走ることで道マラに一層の親近感も芽生えるし、沿道では家族や友人知人の顔も
確認することができた。
 (道マラの翌日、録画した道マラを見た時は、トップを独走するジェンガ選手や嶋原選手の背景として、
  私が昔住んでいた家や、よく行く店、普段走るコース等、見慣れた街並みを見れて笑った)
創成トンネルや新川通の一部を除けば、沿道には数多くの観衆がおり、声援や音楽もまた楽しい。
感動に包まれながら、各給水エリア(水・スポーツドリンクのテーブル)やスポンジエリア(スポンジテーブル)では
しっかりと給水を行い、スポンジで頭や項、膝を濡らすことで、渇水や熱中症等の防止に努めつつ、5kmから10km地点で
身体の調子も上がり(走り始めにあった、SUPER VAAMによる胃の軽いもたれがなくなった)、序盤から続いている
1km辺り4分20〜30秒台ペースを維持しつつ、15km、16km地点を通過(ウォッチは日頃のランニングで使っているGPS機能付きの
GARMINのForeAthlete405ではなく、SEIKOのプロスペックス SUPER RUNNERS)。
目標完走タイムの「3時間20分以内。遅くても3時間半以内」は達成出来ると思いつつ、1時間36分で半分の21km地点を
通過し、日頃のランニングで見慣れた地元の街並みの景色を楽しむ余裕があったが、23km地点から急激に足の重みを
感じ始め、疲労を強く意識した。
5月21日の初ウォーキング・ジョギング旅行開始以後(特に6月15日以降)、普段のランニングで30km以上のロング走をすることは
殆どなく、しかも7月11日の「ドラゴンクエスト\」発売以降は、練習回数そのものも目減りしていたため、5月21日以前は
一回辺り42km程度のランニングではそれ程疲れず、ウルトラマラソンを視野に入れて一回辺り50km以上のランニングも出来た
持久力はかなり落ち、普段走っている22〜25km以上の長距離への耐性が弱くなっているためだった。
一言で言えば練習不足。
やはり練習回数や一回の練習で走る距離は重要だと思いつつも、それは道マラ後に挽回すればいいし、せっかく出た
道マラなのだから、タイムはともかく完走だけは果たそうと気持ちを切り替え、疲労で走るのが精神的にキツくなっても、
意地でも「歩くことだけは」避けた。
日頃走っている新川通がいつも以上に長く感じながらも、「後12km……1時間10分走るだけだ」とか、残り距離数は
後これだけだとか、後これだけ走れば楽しみのジンギスカン(サッポロビール園のビヤガーデンでの食べ放題飲み放題)が
待っているとか明るく考えつつ、1km辺り5分20〜40秒台ペースを何とか維持し、6分を超えないジョギングペースを
心がけた。
32km地点以降では、これより速く走るともう歩きかねないぐらい足が疲れており、私より先に走っていた人達が次々と
歩いているのを見ると、ますます「徒歩だけはしてたまるか」と意地になった。
35km地点辺りでは、既に空腹状態でもあり、食欲もあるため、沿道の市民ボランティアが提供しているバナナを
一切れ口にしたが、これが非常に美味に感じ、完走するという気力の維持に大いに役立った。
給水やスポンジもまた、すぐにパサパサと乾く唇を潤し、まだ何とか辛うじて残っている走力と気力を保つ源となった。
また、顔見知りの人達の声援や、日頃走っているコースという安心感もまた、どんどん後続のランナーに追い抜かれる中、
特に焦ることもなく、気持ちを安定させ、完走への自信を深めさせた。
終盤の38km地点辺りから北大の緑溢れる敷地を走った頃には、「何とかこのまま完走出来そうだ。後20数分だから頑張ろう」と
気持ちに再び余裕が芽生え、周りの景色や声援・音楽を楽しんだり、「確か北大の敷地内には野生のタヌキだかキツネだかも
生息してると聞いたことがあるな」とか、雑念に耽ることも出来た。
40kmに達した時点で、まだ3時間18分台だったことから、「これなら何とか3時間半切りは狙えそうだ」と最後の力と
ばかりにスピードアップをはかったが、すぐに失速しそうになったので、ペースを戻した。
こんな終盤になってもまだ、ちらほらと歩いているランナーを見かけ、追い越した。
それだけ走る体力と気力がないということだろうが、いかにマラソンは身の丈に合ったペース走が大事かを痛感した。
41.6kmの打ち切りポイントを超えてから、「ここまで来たらもう全力で走ってもゴール地点まではもつ」と判断し、全力疾走。
しかし前方に見えたFINISH地点の時計は遂に3時間30分を回り、最低目標にしていた3時間半切りは失敗に終わった。
しかしそれならせめて3時間30分台でゴールしてやろうとラストスパートをかけ、何とか3時間半で完走を果たした。
レース前半でのタイムの貯金がなければ、完走タイムは3時間40分以降になっていたかもしれない。
その意味では、5月21日以前の練習の貯金も幾らかは残っていた気がする。
結局、私の道マラの完走タイムは市民ランナーとして平凡なタイムに終わり、フルのベストタイムの更新もならなかったし、
途中では、明らかな肥満体型(と言ってもランナーとしてはと言う意味でだが、見た目ではBMIが22近くありそうな
青年の男性)の人にも抜かれる始末だった。
 (ちなみに道マラ直前の私は練習不足の分、BMI19.9とランナーとしてはやや体重が重いが、日頃から筋トレもしているため、
  標準体型よりは細身で筋肉質だし、腹筋は完全に割れている)
ゴールの瞬間、「インターバル等のスピード練習を積んで来年の道マラで今回のタイムを塗り替えて雪辱を果たす」と
誓い、FINISH地点近くで見守っていた友人らの声援に気付き手を振りつつ、完走メダルを受け取り、重い足取りで
アリナミンやSUPER VAAM等の給水をして呼吸を整え、スポンジで膝を濡らして入念にストレッチをしてから荷物を受け取った。








陸連の公認記録証を申し込んだ後は、一般応援ゾーンである大通西6丁目のステージ前で友人達と合流して談笑し、
その後の家族との待ち合わせがあるため友人達と別れた。
午後17時14分、FINISHの時計は「5:04:58」で消灯。
午後0時10分に始まった北海道マラソンの制限時間は5時間だが、制限時間の午後17時10分時点で41.6kmの
打ち切りポイントを通過していたランナーは、そのまま完走が認められたのだった。





その後、家族と合流し午後17時20分頃には北海道マラソン会場(大通公園)を後にし、タクシーでサッポロビール園に到着。
予約していた「名物キングバイキング(100分)」を食べ放題飲み放題でドカ食いしつつ、家族と北海道マラソンや
同日の衆議院総選挙の結果予想について談笑した。
空腹と疲労の身体にジンギスカンと生ビールは最高に美味しく、北海道マラソンに備えて日頃食事制限をしていた
自分へのご褒美の意味も含め、生ビールは5杯飲み、ジンギスカンも100分間食べ続け、ビール園の夜景を肴に
幸福を堪能したのだった(当然、ドカ食いして増えた分の体重は、いつものように後日のランニングで
減らし、元に戻すことになる)。
翌日は筋肉痛のため、ランニングは休み、前日に録画した2009北海道マラソンを見て、トップランナー達の走りに感嘆したり
(特に30km地点まで給水を全くしないジェンガ選手に驚きつつ、既にレースの結果は知りつつも、ついつい「ジェンガ頑張れ!!」と
思いつつ応援した)、日頃自分が走っている地元の街並みを見ながら、前日のマラソンの余韻に浸ったりした。
唯一残念なのは、佐伯選手が途中棄権したことだが、彼女には是非、怪我を治すために静養して、復活、そしてまた
「小さな巨人」として活躍して欲しいと思う。
年齢もまだ二十歳とこれからの逸材なのだから。
私は北海道マラソンから2日後の9月1日に入ってもまだ筋肉痛は残っているため、この日も念のためにランニングを休んだ
(ロング走をした場合はほぼ、その翌日と翌々日は強い筋肉痛が起きるので、殆どの場合は休足日にすることにしている)。
そして更に9月2日になって筋肉痛が完全に消えたため、ランニングを再開。
三日前に北海道マラソンで走った新川通り─国道230号─北大通─国道5号を2時間かけてゆっくり走りつつ、
道マラの苦しいこと、そして楽しいことを思い出しながら22km余りを消化した。
こうして2009年の私の夏は気持ち良く終わったが、まだ9月27日の第一回旭川ハーフマラソンを始め、幾つかエントリー済みの
マラソン大会があるため、単にマラソンライフの季節が夏から秋に変わっただけに過ぎない。
「後半は苦しかったがそれだけに価値のある完走だった。辛さ以上に楽しいマラソンだった」と初めての道マラを総括し、
来年も道マラに出て完走タイムは今年の道マラのを更新して今回の雪辱(後半の失速の悔しさ)を晴らすこと、そしてその前に、
旭川ハーフマラソン等でハーフの記録を更新出来るように、最近多忙で回数が減っていた練習を増やし、スピード&スピード
持久力をアップ出来るように努力することを、私は心に誓うのだった。
この北海道マラソンはある意味、ダイエットを始めた当初はマラソン大会の出場等考えもしなかった私に
マラソン大会への出場という目標を持たせ、私を市民ランナーにした原点なのである……。

戻る