2009年11月15日(日)、無事に完走、2009さっぽろさよならマラソン(ハーフ)
(2009/11/16作成。 11/16、アップロード)



●交通事故後、最初のレースにして今年(2009年)最後のマラソン








先月(10/21)に交通事故に遭って以来、初のマラソンにして今年(2009年)出場予定の最後のマラソン。
通常は札幌市内のマラソン会場には足のウォーミングアップを兼ねて自転車で行くところだが、今回は天候が雨で
おまけに寒いため、体調を崩して自分のレースに支障をきたさないよう、バスと地下鉄を使い現地入り。
いつもならレース開始の1時間半前にはマラソン会場に到着しているが、今回は雨天模様と気温の低さを嫌い、55分前に到着。
雨が降り、寒くモチペーションが低い中、ウインドプレーカーにゼッケンを付けた。
中高年等、雨が降り寒い中でも、ランシャツ&ランパンでレースに臨む強者もちらほらいたが、私はこんな天候の中、
ノースリーブで腕や太股や膝下を外気に晒す気にはなれなかった。
したがって今回のレースでは最近のジョギングの服装(ウインドプレーカー、ランニングキャップ、ランニンググローブ等を着用し、
上半身には長袖と半袖のランニングシャツを3枚程、重ね着し、下半身も同様に重ね着して保温性を高めた)そのままで
臨み、ウォークマンでアニソンのメドレーを聴きつつ、ファンランに徹することにした。
事故による両膝や足の打撲は治ったと思うが、まだ21km以上の長距離を走ると膝に違和感が起きることがあるため、
今回、タイム更新を狙うつもりは毛頭なかった。
事故に遭う前は、このレースでタイム更新を達成して来年に繋げる予定だったが、とんでもないドライバーのせいで完全に
台無しにされた。
スピードトレーニングが出来なかったどころか、事故後丸二週間は、1km6分以上もかかる程で、ゆっくり走ってても徐々に
足が辛くなるのでその度に気持ちが折れそうになった。
それまで当たり前にこなしていた42km走どころか30km走も出来ず、2時間走るのが限界だった。
練習不足。
 (以前は雨の日でも長距離ジョギングをしたり、マラソン大会当日が雨でも現地まで自転車で行く気力があったが、
  最近は雨だと走る気力が湧かなくなり、老化した気分だ)
11/6頃からようやく打撲が治り、1km5分20秒ペースで20数km走るところまでは回復したものの、事故後のストレスで
食事量が増し、体重が2〜4kg増えた状態であるため、タイムとしても、1時間45分と遅く設定し、レース途中で足が痛くなれば
もっと遅いタイムでの完走も想定した。
 (以前はドカ食いした翌日は必ず長距離走をして体重をドカ食い前まで落とすようにしていたが、最近は気が抜けたのか、
  特に雨が降ると走る気力が湧かず、その分体重も増えている)
最近の足の状態からして、急に激痛が起こり途中棄権という心配はなかった。
 (事故前と違い、走った翌日は休足日とすることも多く、三日連続で走ることはせず、その分疲労の蓄積は余りないため。
  仮に足が痛んでも、歩ければ歩いてでもゴールするつもりであった)
天候と気温も一因ではあるが、これ程ヤル気の湧かないマラソンは初めてであった。
この大会にケチを付けているわけではない。
とはいえ、ゼッケン受け取りの時、本来なら完走してから貰う「完走証」がプログラムや記念Tシャツ、ドリンクと一緒に
袋に入っていたのを見て、「(主催の)スポーツインジャパンは何を考えているのか?」とは思った。
レースに参加した全員が必ずしも完走出来るとは限らないし、実際に途中棄権した選手もいたわけだが……。
まあ、RUNNETからエントリー出来ない、企業プースもない草レースだから、運営に手抜きやズサンがあっても
仕方ないのかもしれないが。

この大会は陸連公認ではないので、GPS機能のあるForeAthlete405を付けて走った。
よって上図の今大会での記録が取れている。
今回は雨の中、特にストレッチや試走といったウォームアップもせず、トイレ(小)の後、レース開始1〜2分前に並んで
スタートしたので、初めから疲れ気味だった。
周りのランナーがサブ3のようにどんどん前に行くため、自分のペースを掴むのに少し時間を要した。
自分のペースは1km辺り、4分30秒〜4分55秒に努めたが、このペースで走るのは前回のレース(10/18)以来でほぼ
一ヵ月ぶりなため、疲労の蓄積が早かった。
事故以来の練習不足で走力そのものが落ちているためだが、これに加え、同じコースを二周するものだから、
精神的にもかなり辛いものがあった。
二回目の折り返しを終え、二周目に入る時には足が鈍り、この後の10km余で失速して完走タイムが1時間50分以上に
なることも覚悟した。
体温は走っていて上がっているため寒さは気にならなくなったものの、時折雨が降り、テンションは低いままだった。
一番辛さを覚えたのは三回目の折り返しをした15km以降だ。
距離を長く感じる中、キツさを感じないようになるべく正面を見ずに横の景色を眺めつつ無心を保つようにしたり、
いよいよ心が折れそうになった時は左右にオリジナルやアニメの美少女キャラをイメージして、脳内で彼女達に応援されたり、
彼女達と並走している図を想像することで、走る気力を何とか維持した。
 (ちなみにレース中、そんなイメージをしたのは今回が初めてで、前回の大会まではなかったことだ。
  それだけ今回は、後半が特に精神的にキツかったということだ)
そこまで心身に余裕がない状態で走ったわけで、ファンランのつもりが走力の低さから、いつの間にかシリアスになっていたのか、
現在の走力に見合わないハイペースになっていたということだろう。
心拍数がそれを物語っている。
そんな気持ちに余裕のない中、走っている時この大会にケチを付けるとすれば唯一、距離表示がないことだったかも。
走っている時にいちいちForeAthlete405の距離表示を見ることはしなかったので(後、○kmと分かるだけで辛くなるため)、
景色を見ながら大まかに残り距離を把握し、遠目にゴールが見える頃から足に痛みがないことを確認してから
最後の力を使うように徐々にピッチを上げ、ゴールまでの数百メートルはほぼ全力に近かった。
ゴールした時は、辛かっただけに流石に達成感があり、「やっと終わった」と安堵した。
フィニッシュ後、タイムを確認したところ、前回の時より多少遅いものの、それでも1時間40分は切っているため
現状としてはまあまあ良かったと言える(ハーフ8大会の中ではワースト2だから不満のタイムではあるが、事故後&練習不足
なので仕方がない)。











ゴール時には雨は止み、空も明るく、荷支度をしながら「これなら自宅までジョギングしていいな。ゆっくり走れば10数kmは
苦じゃない」とようやく気持ちが上向きになってきたが(走ればその分、最近増えた体重も落ちるし)、程なく再び雨が降り始め、
傘をさすはめになったので、自宅までのジョギングは断念。
適当に周囲を撮影しつつ時間を潰し、ハーフの表彰式を待っていたが、余りに身体が冷えて精神的に厳しいため、
表彰式は最初の一般男子A組(35歳未満)のだけを見て、さっさと大会会場を引き上げて帰宅することにした
(前回までのマラソンでは、一通り表彰式を見て、閉会するまでは大会会場に居残って撮影に興じていたものだった)。
帰宅後はシャワーと着替え、ストレッチを済ませ、昼食を取りつつ、留守中にノートパソコンに地デジで予約録画していた
「2009横浜国際女子マラソン」を見て、来年のマラソン大会出走へのモチペーションを高めた。
私はコンスタンティナ・ディタ選手、キャサリン・ヌデレバ選手、嶋原清子選手を応援していたが(当初はディタ選手の優勝を願い、
ディタ選手脱落後は他の二選手の優勝を願った)、当初はノーマークだったロシアのインガ・アビトワ選手の独走&優勝には
驚かされた。
後、不調ながら、ディタ選手が途中棄権することなく、11位で完走したことに安心した。
40歳近いランナーでも現役として活躍出来るのはとても素晴らしいと思う。

この2009さっぽろさよならマラソンで私が出走した大会は11となり、私の市民ランナー1年目は終わった(年内に新たに
どこかのマラソン大会で出走しない限り)。
幾つか課題は残ったものの、初年に11もの大会を走った自分を褒めたい気分だ。
今は両足が本当に完治しているのか見極めつつ、これからのオフシーズン(来年の四月の道内のマラソン開始時まで)は
定期的なジョギングや筋トレ、規則正しい食生活で理想体重や体型、走力を維持しつつ、2年目のマラソンでの記録更新を
狙おうと自分の心に誓うのだった……。



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