2010年8月29日(日)、「2010北海道マラソン」とその前後
(2010/8/30〜8/31作成。 8/31、アップロード)



●二度目の「北海道マラソン」の前日

いつも通り、午前5時に起床。
本番前日なので、朝、40分の軽めJOGで済まし、調整の最後とした。
地元なので、近所のジョギングコース(『北海道マラソン』のコースと重なる場所も多い)上にも幾つもの看板(『北海道マラソン』当日の
交通規制)を見かけた。
午前8時56分頃、まさに翌日にマラソンで走るコース上で、発生から数時間経つと思われる交通事故現場に遭遇。
 (死亡事故ではない。 その場合、検索したらヒットするが今回は1件もヒットせず。 ただの物損事故の模様)
 (同じくジョギングコースである、先の8月26日に起きた新琴似町560の道道での事故は死亡事故の為、検索してヒットしている)
マラソンの前日にそのマラソンコース上で事故が起きるのは、いい気分ではないが一応デジカメを持ってる為記念に撮影。
 (普段のランニングではデジカメは携帯しないが、この日は道マラの交通規制の看板を撮影しようと、普段身に付けない
  ランニング用のウエストポーチにデジカメを入れていた)




午後、『北海道マラソン』の選手受付と開会式を観る為、南10条の札幌パークホテルまで向かった。
脚慣らしに、自宅からホテルまでの10km余を歩いた。
100kmマラソンを完走し、その後も脚の痛い中で150km余を歩いた自分にすれば、自宅〜札幌パークホテルの往復20km歩くぐらいで
脚が疲れる事はなかった。
パークホテルでは撮影しながら選手受付会場を見回り、選手受付を済ませた。









午後16時39分、開会式の会場に入った。
午後16時54分頃、開会式の会場に招待選手達が登場。
フルにおいて男子は2時間20分以内、女子も2時間20〜30分台のタイムがタイムだけに、皆細いなと遠くからでも一目で分かる。
然しお約束なのか、こんな暑い日でも会場では全員上下長袖。






午後17時、開会式が始まり、去年と同じ地元テレビ局のアナウンサーが進行役を務めた。
例によってお偉い人達の挨拶のスピーチが続き、午後17時22分頃になって、式のシメとして、招待選手達の氏名や所属先の紹介と、
彼等の起立・一礼。
私達一般人にすれば、この時がほぼ唯一の、彼等を撮る絶好のシャッターチャンスであった。
 (一般選手の席からだと、斜め後ろまたは真後ろしか撮れず、私の席位置からは横顔すら撮る機会が殆どなかった)
午後17時26分頃、選手宣誓。
午後17時27分過ぎに開会式は終了した。
式が終わった後、スタッフに記念写真を撮ってもらい会場を後にし、もう用事の無いホテルを出た。







帰りも行きと同様、ウォーキングで済ませた。
今回はカーボ・ローディングは行わなかったが、マラソンの前日であるし、夜食のみ通常の5割増とした。
そのため食後のBMIはほぼ20.0であった。
夜食中は睡魔が強く、すぐに眠れると思ったが、直ぐには眠れず、仕方ないのでただ臥して思考を止め、目を閉じたままの
状態が翌朝まで続いた。





●「北海道マラソン」当日朝

レーススタート時間が正午12時10分の為、移動時間も地元だから1時間もかからないし、この日の起床時間は少し遅めの
午前5時54分だった。
ただし殆ど寝ていないので(ただ仰向けで目を閉じていただけ)、頭痛はするし中途半端に眠気はあるしで体調は万全ではなかった。
通常よりやや多めの朝食を摂りながらネットをし、テレビを見ながら準備体操・ストレッチを済ませつつ、午前9時半前に自宅を出発。
午前10時4分にスタート地点近くの中島公園に到着。
エントリー数が8861人だから、会場はランナーで一杯だ。
これがもしエントリー数3万人を超える「東京マラソン」だと、進むのも大変だろうなと想像した。
風景や展示物等、去年見たのと同じ光景が広がり、適度な緊張感と共に徐々にテンションが上がるのを感じた。
小川の前に腰を下ろし、レース用の準備を済ませた。
また、ドラクエ9のすれちがい通信を確認すると、2人とすれ違っていた。
 (駅や地下鉄内のものか、それともマラソン会場内のものかは予想すらしようがない)
時間にまだ余裕があるので、持って来た大会プログラムを目読し、給水・スポンジ・給食の場所、荷物預けや整列時間の確認をし、
レース中のペース配分を思考し、前日に決めていた目標タイムが妥当かどうか振り返った。
気温が高い事は承知しているが、もし体感的・体調的にイケると判断すれば、いつものようにサブ3.5(3時間30分以内の完走)は
クリアしておこうと決めた。
ただし序盤は10kmまではkm/5分ペースで様子見とし、21km地点でkm/4:40ペースがキツくなければ、更にロスタイムが後半で
十分挽回出来る分数である場合とした。
そうでなければ最悪でサブ4(4時間以内の完走)。
先の6月の「サロマ湖100kmウルトラマラソン」と言う、やはり酷暑レース、しかも100kmのマラソンを10時間かけて完走した
体験から、「いくら暑くても、最悪でもkm/6分ペースでゆっくり走れば、熱中症や脱水症で倒れたり、関門アウトや途中棄権にだけはならず
完走する」自信だけはあった。











午前11時16分過ぎ、時間も迫って来たので、トイレの待ち時間を考え小川を離れ、スタッフに荷物を預けた。
その後、トイレで用足し。
仮設トイレ数が去年より増えてる為か、10分も待たずに済んだ。
トイレに時間がかからなかったおかげで、決められたスタート地点の各ブロックへの整列時間の最終時刻である午前11時50分の
10分前には、陸連登録者用であるAブロックに並ぶ事が出来た。
 (目標完走タイムがサブ3.5程度で、序盤のペースをkm/5分と低く設定している為、Aブロックの真ん中より少し後方である)
前大会同様仮装ランナーも散見し、バニーガール、忍者、ドラゴンボールの亀仙人の弟子達共通の道着姿の格好等から、帽子に何か
載せているランナーまで様々。
この時、空腹を覚え始めたが、朝や夕方のトレーニングでかなりの空腹の中でも走ったりするので、大して気にしなかった。
ただでさえ気温や湿度が高い中、無風に加え、狭い空間に身動きが取れないぐらいランナーで一杯だからか、余計暑く、
自然と汗が出る。
それは周りのランナー達も同様だった。
去年の大会では気温21度だから暑くはないスタート待ちだったが、今回は待ち時間の約30分が暑い分、時間的に長く感じた。
スタート時間が近くなり、高橋知事が登場し挨拶。
テレビカメラが近くにありこちらに向いていた為、とりあえず手を振った。
この高い気温の中、走れば体感的暑さが急激に増し、右肩上がりに心身がキツくなるだろうから、精神的余裕がどこまで保てるかと
考えつつ、号砲の瞬間を待つ……。






●酷暑レースとなった二度目の「北海道マラソン」

正午12時10分、号砲が鳴りレーススタート。
予定通り、初めはkm/5分ペースで走り、10kmまでの序盤は体調を様子見。
沿道の大勢の観衆、景色を見て‘楽しむ余裕’があったのは、主にこの辺りまで。
走っていてすぐに暑さによるキツさを感じ始めた。
8月は何度も昼間に走ったのでそれなりに熱馴化はできていると言っても、体感的暑さは30度以上。
先のサロマ(「サロマ湖100kmウルトラマラソン」)も酷暑レースではあったが、あの時は早朝5時のスタートだから、スタート時の気温は
当然今回より低く、42km地点到達までは割と楽だった。
然し今回は太陽が真上にある正午のスタートなので、スタート時から走っていて精神力が削られる気分であった。
各給水エイドでは必ず給水を2口ずつし(スポーツドリンクが在るエイドでは、水とスポーツドリンク両方をそれぞれ2口ずつ摂取)、
更に給水用の水を序盤からうなじや頭、肩、両腕、両膝にかけ、スポンジエリア(ここにも給水用コップがあるので、実質2.5km毎に
水が飲める)でも同じように給水用コップとスポンジを取り、給水の一方で身体の各所に当て、体熱の抑制と心のリフレッシュを狙った。
 (実際、これで完走の気力だけは最後まで保てた。
  もし水のぶっかけとスポンジによる体熱の発散がなければ、あの暑さで完走出来なかった可能性がある)
15km地点の新川通辺りから普段のランニングコースとも重なるのだが、この辺りから確実にkm/10秒単位でペースが落ちているのを
ラップを確認しつつ実感した。
暑さにより、心身共にバテるのが早い。
無理に従来のロング走ペースの維持に拘り、後で大失速してとんでもない完走タイムとなるよりは、脚の疲労が少なく未だ
走り続ける余裕を保てる今の内に目標完走タイムを下方修正しようと、サブ3.5を早々と断念し、レース前に最悪の場合はと想定していた
サブ4に目標完走タイムを下げたのだった。
新川沿いに入った20km地点前からは、このマラソンで一番苦しい直線(折り返しを含めて10km以上)があるので、走力を維持し、
歩かない為にも、ペースをkm/5:10台から5:20〜5:30台に落とした。
流石にこの暑さでも、意識して敢えてペースを落した為に、心肺的には楽ではあるが、精神的には走り続けるのが辛い。
前方で歩いているランナーの姿も見かける数が格段に増えた。
私は精神的疲労の軽減の為にも、新川沿いもそうだが、道路の左端に木等の影の列を見つけたら、決まってその上を走った。
精神的疲労に輪をかけたのは、徐々に高まる尿意、そしてそれに付随する便意なのか屁なのか判別し難い直腸の感覚である。
先のサロマや千歳、洞爺湖のレースでも味わった感覚だけに、トイレに行きたい気持ちが一気に高まったが、ゆっくり走っている分には
耐えられると判断し、トイレは我慢した。
 (耐えられない場合はタイムロスを覚悟してトイレまで歩き、用を足せばいいだけ)
新川沿いでは、既に折り返しを済ませたモグス選手、ジュイ選手(2:11:22で男子優勝)らケニア勢を見ながら、ケニア人の先天的体質
なのか、マラソンの為に生まれたような超人的体質(強さ)に感動した。
そうでなくともこの暑さの中、続々と中央線の向こうで前方から駆け抜けるサブ3ランナー達を見ながら、この域に達するまで
どれだけの質量の高い練習を行ったのか(暑い日も含めて)と思うと、暑さで半減したテンションとモチベーションがやや回復した。
折り返し地点(25.728km)で「やっと折り返せた」と気分も少しは楽になった。
然し気温は更に上がり(午後14時30分で札幌市内の最高気温は30度)、歩くランナーはますます増えたが、自分は歩く事は
なかった。
疲れているのか考えるすら余裕が無いのか、「歩けたら楽だな」と思う事さえなかった、去年と違い。
ただし28.2km地点にあるマラソン中唯一の給食エイドで受け取ったソイジョイと塩熱飴の内、ソイジョイを食べている時は、
「食べながら走るのは辛いな」と思考する余裕はあった。
ソイジョイは食べ切るのに10分近くはかかったが、これのおかげで強まっていた空腹は治まった。
塩熱飴の方は、口に含まずに30km地点の給水エイドに着いた際、ランニングパンツのポケットに入れた。
 (それまでは左手にソイジョイ、右手に炎熱飴を握りしめて走った)
去年は給食エイドが無かっただけに、この給食エイドの存在は大変ありがたかった。
私は陸連登録している「登録競技者」の為、いくら腹がすいても、沿道の人が差し入れる飲み物やバナナ・飴等を受け取る訳には
いかないので、北海道マラソン組織委員会が設置した給食エイドにあるソイジョイと炎熱飴が、唯一「食べてもいい物」だった。
歩きたいとは思わなかったものの、沿道の人が差し入れるドリンクや菓子類等を受け取り飲食している「一般競技者」達を
見かける度に「いいなぁ〜、私も食べたい」とは思った。
 (その点からして、先の「サロマ湖100kmウルトラマラソン」は給食エイドが充実していたので、10時間余で完走するまで、
  空腹を覚える事は殆ど無かった)

30km地点に達すると、精神的には大分楽になった。
「遅くとも後1時間12分でゴールだ」と、便意に常に注意を払いつつ、確実にこの暑さでも歩かないで済むペースで走り、
「残り○km」と頭の中でカウントダウンをしていった。
ず〜っと地元を走っているわけで、普段のランニングコースでもあるわけだから、ちらほら知り合いの声援も受けつつ
笑顔で手を振った。
新琴似1番通に戻って来た時には完全に気分が楽になった。
「後7km、42分で終わる」と。
km/5:50台まで落としていたペースも、気分高揚に連れて若干上がった。
北大構内を走った時に3時間半を超えたのを時計で確認しつつ、来年のリベンジを誓った。
また、こんなゴール地点まで残り3〜4kmでも結構歩いているランナーを見ていると、「普段、LSDなり遅く走るトレーニングは
積んでいないのか?」と思ったりもする。
北大構内を抜けると、都心部。
ゴールももう間近なので沿道の観衆も激増し、声援も凄い。
残り2.5km地点からじわじわスピードを上げていたが、家族や友人達もゴール付近で見守っているわけだし、残り1.5km辺りから
一気にスピードを上げ、4分47秒でまず1kmを走り、ラストスパート。
最後はkm/3:57ペースで539m余を走り、フィニッシュ。
 (終盤だし殆どのランナーが疲れで失速していたからだろう、残り1.5kmからは誰にも抜かれる事無く、数十人は抜く事が出来た)
ゴールの瞬間、北海道マラソンに関わった全ての人、スタッフや沿道の観衆等に感謝した。
 (こんな暑い中でのボランティアや応援に頭が下がる)
ゴール前では家族の姿は発見出来なかったが、友人達の方は何とか発見出来、ゴール後、挨拶をかわした。
完走した時、喜びもあったが、それ以上に完走した安堵感、そしてフルマラソンのワースト記録を大幅に更新した悔しさが強かった。
暑いとはいえ、ここまでワースト記録を更新したのも、自分の精神力が弱いのと、昼間の酷暑の中でのロング走(30km以上)を
怠ったからだった。
過去の北海道マラソンの大会データで夏日(25度以上)のレースが近年多いのは分かっていたものの、実際に体験して、「これが本来の
北海道マラソンなんだ。去年はたまたま気温が低く運が良かった」のだと実感した。
何とか3時間50分は切れたものの、来年の北海道マラソンでは酷暑の中でのトレーニングを積みつつ、いいタイムで
完走しなければと思う。



●二度目の「北海道マラソン」完走後


フィニッシュ後、まず完走メダルをスタッフから首にかけてもらった。
この完走メダルの為に、いくら精神的に辛くても、最悪でも制限時間内の完走に拘った。
 (実際は歩く事すらなかった)
これには先の「サロマ湖100kmウルトラマラソン」を完走した事が大きい。
あの時も酷暑レースだっただけに、その半分も距離がないフルマラソンで歩くという思考がそもそもなかった。
メダルの後、給水としてスポーツドリンクを紙コップ3杯飲み、給食としておにぎり1パック(2個入)を受け取り、地べたに座って
両膝をアイシングしつつ食べた。
お腹が減っていただけに美味しかった。
レース中気になっていた便意だったが、トイレで用を足してみると、小便と屁が少し出たのみだった。
食後はクーリング・ダウンのマッサージと体操、ストレッチをし、10数分、緑の上で仰向けになって休んだ。
仰向けになって空や建物を見上げつつ、または目を閉じつつ、レースの余韻と言うのか、結構気持ち良かった。
その後、手荷物エリアで荷物を受け取り、更衣室で着替え。
その際に給食エイドで受け取った塩熱飴2個を口に含んだが、とてもいい味だった。
公認記録証受付で記録証の申請を済まし、フィニッシュ会場内をぐるっと一周しながら撮影し、家族や友人と指定時間の指定場所で会い、
この日のマラソン話等で歓談しつつサッポロビール園に向かった。


























午後19時過ぎからサッポロビール園のビヤガーデンにて食べ飲み放題。
2.5人分は飲食した気がする。
いつもそうだが、マラソン後、特に辛いレースを完走した後程、夕食が美味しい。
レース中の完走するというテンションを維持した理由の一つが、「ビール園で美味しく食べる為」であった。
もしレースで、途中棄権や関門オーバー、熱中症や脱水症による搬送、途中歩き等があったら、このジンギスカンや生ビール等、
とてもじゃないが心から美味しく味わえなかったと思う。
それだけにフルマラソンのワーストタイムを大幅更新したとはいえ、「あの酷暑で完走したのだから良し」とし、たらふくジンギスカンを
食べ、たらふく生ビールやドリンクを飲んだのだった。
家族や友人達とのこの日の夕食は久々の至福だった。
帰宅後、寝不足とマラソンによる疲れ、そして生ビールによるアルコールの影響で、シャワーと歯磨きだけ済まし、即行で
就床した。
熟睡したのは言うまでもない。
こうして私の年間のランニングの最大イベントにして二度目の「北海道マラソン」は終わった。
来年は今年同様炎天下のレースになると想定し、夏の昼間のトレーニングも十分積んだうえで挑戦しようと心に誓った。
三度目の道マラでは、サブ3を狙いたいが、少なくとも、今回フルマラソンのワースト記録を更新したのと同じ分数以上は、
一度目の道マラの完走タイムを上回りたいものだ……。





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